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西東京市~田無町~青梅街道ルネッサンス 

「駅前で学ぶ課外授業」への想い

 

 いま、東北で汗を流す友がその後の震災.・復興を教えてくれる。耐える時代から攻める時代に入ったそうだが、その傷跡はあまりにも深く元気な独り立ちにはまだまだ遠いと言う。
 そんな中、あの災害がいろんな教訓を与えてくれたがボクがいま着目しているのは自分たちの街は自分たちで創らなければという思いである。遠くにいる国や学者先生や土建会社が創る街ではなく、あの海岸事情や道路事情は毎日、そこにいる人がもっとも知っているのだから。地元の自治体とそこに住む住民が創る街づくりである。
 すると、都道府県がその流れに応えるかのように自分たちの暮らす街をもっと知ろうと、『郷土教育』を積極的に推進する施策を次々に制定されている。東京都でも例外ではなく、ついに平成24年から都立高校で日本史を必修科目にされたのである。それまでの社会科は世界史だけが必修科目で日本史は選択科目だったのに。
 このことについて『ピース・ウーマン』などの翻訳者である玉居子泰子さんは次のように言われている。「高校教育でグローバルな視点を養うために世界史優先政策をとってきたが、ただ外国語教育に力を入れるだけで果たして真の国際人が育つのか。自国の歴史、郷土の伝統・文化の知識が浅いまま外国に出ても語るべきことが見つから
なかったら恥をかくだけだ。そこで、文部科学省でも各自治体でも『郷土教育』をもっと進めなければということになった」と。
 それを裏付けるように、身近なところから地域の成り立ちを学びたいという生徒の輪が急速に広がっているそうである。
 「自分たちのバックグランドを見直し、郷土を愛するために必要な知識を学ぶことは生徒たちが自ら考え、生きる力を養う有益な方法かもしれない」と、玉居子泰子さんは続けておられる。
 確かに、自分の立ち位置を確認しながら、〝どんな視点で今時(いまどき)を、そして明日時(あしたどき)に針を合わせようか〟ということかもしれない。その針が次の世代への最高の贈り物になるんだろう。未来はいつも過去と現在の延長線上にあるんだ。
 そういえば、この街のこれからの10年を策定する審議会に参加させていただいた時に、シンポジウムやワークショップでお聞きした市民の声に、西東京市イメージの欠如がなんと多かったかということである。かっての保谷や田無に根づいた歴史、伝承、文化、風俗などが永らえているにもかかわらず。気になっていた。
 
 すると、何かと乗りやすい広告屋の性だ。ここはこの流れに乗って、我が住む西東京市の郷土学習だと思って何かできないかと思っている時に、たまたま目にした『西東京市のNPO等企画提案事業』募集の言葉がボクの背を押したのである。
 自治体の広報やイベント事業の舞台裏に何度も携わったが、そんな畏れ多いことに手を挙げるなんて、あいもかわらず恥知らずの向う見ずなことだ。
 中身は単純。自分たちの住む街の歴足や文化や伝承といったこの土地ならではの地域資源を、すでにあるものを利用してスケールは小さいが、もっと身近に享受できる展示イベントをやろうということである。しかも、その場所は気軽に立寄って時間が過ごせるサロン的空間であれば、もっといいと思ったのである。
 そのため、同じやるのなら西東京市の玄関口の一つである田無駅の駅前だ。なんと言ったって人の行き来が多い。
買物や散歩の途中、職場や学校帰りに立寄ってということである。
 その上で、じっくり派の方は、郷土の今と昔、さまざまな本や資料が置いてある図書館や郷土資料室に足を運んでいただければ、“いいなぁ”の思いである。
 結果的にボクの想い通じたのか、市の協働事業として“一緒にやりましょう”ということになったのである。そこで展示イベントの名称を『駅前で学ぶ課外授業』として、6ヶ月に1回のロングレンジの展開プログラムを立てて実施に移ったのである。
 おかげさまで第1回は「西東京市慕情=なつかしき昭和30年代の頃」の標題で、東京タワーの誕生や東京オリンピックなどがあった元気な昭和30年代、西東京市の前身である田無市や保谷市はどんな街だったかを写真や当時の生活用品などで紹介。
以降、第2回では「西東京市の大地の息吹きの標題で、この街の農地の記録や公園・緑地など緑の自然事情を紹介。
さらに第3回では「西東京と紡ぐ文学~ムサシノ大生と読むこの街」で、この街とかかわりのある作家、作品、また描かれた街の表情や場面を紹介。
そして第4回目の今回は「西東京市~青梅街道ルネッサンス」の標題で、かっての宿場町のメイン通りの歴史の一こまを写真やトークセミナーで紹介させていただいた。
「課外授業なんていうと、肩ぐるしいと思ったけどサロン的な雰囲気でよかったよ」
「この街の過去から現在、そして未来への息づかいを感じたぞ」
「次回の授業はいつですか」それにしても嬉しいねこの声は。多くの来場をいただいたのだ。
 課外授業なんてややオーバーに立ち上げたが、サロン的な雰囲気は作れた。人それぞれ、どんな時間を過ごされたかはわからないが、各回とも1500人以上の来場者があったのだが、その裏にはこの小さな展示イベントに西東京市中央図書館をはじめ、企業、マスコミ、団体、個人・・・等々、手を差し伸べてくださった多くの方がおられたということである。
 それはまさに、めざしていた郷土教育の始まりであり、人と人とを結ぶきずなづくりの第一歩になったということである。
 
 いつの時代もそうだ。歯車と歯車が重なって前に動くように人と人が集って風をきって走り出したのだ。言葉を変えると、〝チーム西東京市に一つの火が灯ったということかもしれない。点いた火はもう消せない。次ぎなる段階へページをめくれということかもしれない。
 後は行政だ。この街ではさまざまな市民グループがあちらこちらで、小さな炎を灯している。その炎をどんどん飛び火させて、俗っぽいが“触れあいのある、明るい街”にしていく青写真を描けるのは、この街を俯瞰的に見ている行政しかないんだから。
 幸いわが街は、市長の“次世代のために責任を果たそう”を合言葉に、さまざまな想いが推進されているので、これは期待できるぞ。ね、ね、ね・・・。すべての道は次代の子供たちへだ。
 ここはみんなみんな、“未来への全権大使”と相成りましょうよ。(学びの里 坂口)


取材・編集 (有)オーロラ印刷  西東京インターネットTV