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武蔵野平和観音・讃仰和讃

平和観音讃仰和讃

 

あらしはすぎて
うるわしく
平和の空はかゞやけど
よびかえす すべもなし
あゝたゝかいに
いたましく
逝けるみたまよ
さまよう みたまよ
われらはたのむ 観音の
やさしの救い
大慈悲を
いのりつゝ なぐさめん
あゝくにの ため
はかなくも
ゆける みたまを
つみなき みたまを
こゝろの平和
あらずして
地上にへいわ
あるべきや
いざ頼れ ひとすじに
この観音のみ姿ゆ
生るゝ平和を
久遠の平和を


  平和観音菩薩 (平成22年度 全国戦災史実調査報告書より)
太平洋戦争が終って三十三年、今や我国は 経済大国として平和な日々が続いているが、 私達は陸海空に護国の華と散った英霊、戦火 に命を失った戦災殉難者のいしずえを絶対に 忘れることは出来ません そして痛ましい 戦争の悲惨と恐怖と罪悪を常に想起して、平和 に対する努力を怠ってはなりません 想えば武蔵野市は(株)中島飛行機武蔵製作所 及びその下請工場が数多く在ったため、昭和 十九年十一月廿四日、B29による最初の大空襲 を受け、尓来翌年八月十五日の終戦まで 十数回の爆撃により工場と付近の民家は廃墟と 化し、防空壕もろとも一家全滅が続出、その 死傷者千数百を数えた 当山も至近弾による 甚大な被害を蒙った 今やその工場跡も平和 な緑の公園に生れ変り戦争の足跡は消えた 茲に終戦三十三年忌を迎え、平和を愛する 人々の誠願により観音菩薩像を建立して平和 観音と名付け、二度とこの悲劇を繰り返さな いために、その由来を記述して後世に伝え、 有縁の戦没者英霊と戦災殉難者の名を刻んで 冥福を祈り奉る 本日を卜して終戦三十三年戦没英霊、戦災 殉難者の慰霊と平和観音開眼大法要を嚴修し 并せて世界平和を祈念するものである
  昭和五十二年十月二十三日 延命寺中興第五世住職少僧正中里崇亮